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タシの心霊体験談

第1回 事故物件と実家からの電話 -後編- 体験者:湯原紗理奈さん 32歳
東京都文京区 会社事務職

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その晩、いつものように残業した私は、深夜近くにマンションへ戻りました。郵便受けを確かめてエレベーターに乗り込む直前、上着のポケットに入ったスマホが鳴動したのですが、ドアが閉まると同時に切れてしまいました。取り出してみると実家の家電からの着信でした。部屋へ戻った後にこちらから掛け直そうと思い、エレベーターが5階へ着くと外廊下を歩いて自室へ向かいました。するとまたほんの一瞬、再び着信音が響き、通話の直前に切れたのです。(お父さんかお母さんに何かあったのかな?)訳もなく嫌な胸騒ぎがしました。部屋に入って玄関の鍵を掛けると、上着を脱ぎながら実家へ掛け直しました。しかし、呼び出し音がするばかりで一向に出る気配がなく、スマホを耳に押し当てたまま真っ暗なリビングへ入ったのです。そして、ふと見た目前の光景に凍りつきました。

「ウウッ!」暗い室内の真ん中に、あのピンクのワンピースがぼんやりと光りながら浮いていました。しばらくはそのまま動けませんでした。どうして衣装ケースにしまったはずの服が、よりによってリビングの宙に浮いているのか?自分は今、幻覚を見ているのだろうか?それともこれは、もしかして……。頭の中で混乱した思いが渦を巻き、部屋の灯りのスイッチを入れることすら忘れていました。やがてワンピースの袖と裾からゆっくりと白い手脚が生えてきてもまだ、足裏が床に張り付いたような感じで動くことができず、近づいてきた指先が頬に触れて初めて、その場に尻餅を突きました。

震えながら見上げると、女が浮いていました。髪が異様に長いことはすぐに分かりましたが、顔の部分だけは確認できません。そこだけテレビ画像の砂嵐のような状態でした。「……ィ……キニ……イ……チョ……ライ……」途切れ途切れの微かな声が頭上から響きました。「コノ服……好キィ……チョウダイネ」言っている言葉の意味がようやく分かり、ガクガクと頷きました。すると女は浮いたまま移動し、今度はキッチンの手前のテーブルを指差してきたのです。「コレモ……チョウダイネ……」私はようやく自由になった手足をばたつかせ、必死で床を這い動きました。そのままリビングから逃れ出ると、チェーンロックを外すのももどかしく、玄関の外へ転げ出しました。

とにかく少しでも遠くに逃れなくてはと、5階に止まったままだったエレベーターへ飛び込み、震える手で1Fのボタンを押しました。何事もなく再び扉が開いてほんの少しだけ安堵していると、手に持ったままだったスマホが急に震え出したのです。電話に出ると、聞き慣れた母の声が耳に飛び込みました。「ああ、紗理奈!よかった!ようやく繋がったわ!」「ど、どうしたの?」「ついさっきね、お向かいの川西の奥さんがいきなり家に来てね」「え?川西さんがどうして?」「血相変えてね、『娘さんが危険だから今、住んでいる所からすぐ逃げなさい』って……」プツッ。

通話はそこで途絶えました。代わりに凄まじいノイズが響いたかと思うと、けたたましく笑う女の声が流れ出し、ちょうどマンションの玄関から外へ踏み出しかけた私の首に、上から白い両腕が巻き付いてきました。「コレモ、チョウダイ……コノ顔モ……」筋張った冷たい指で頬に爪を立てられ、逆さまにぶら下がったあの女の顔が迫りました。片方の眼球が完全に飛び出し、口があった辺りは真っ赤な空洞と化していました。饐えた生臭い息を吹きかけられ、そこで意識が遠のきました。

再び気が付いた時には、救急病棟内のベッドに寝ていました。折しもそこへ入ってきた看護士さんに訊ねると、たまたま道を歩いていた人がマンション前に倒れていた私に気づき、救急車を呼んでくれたそうです。その後、すぐにあの部屋を引き払ったことは言うまでもありません。今は都内の全く違うエリアに住んでいます。敷金の返却で少し揉めた際に不動産屋を問い詰めると、言葉を濁しながら事故物件だったことを婉曲に認めました。たとえ室内での自殺や不審死があっても、そこへ一度でも誰かが住めば、必ずしも告知義務はないとも。「当然、あなたも承知だと思ったんですよ。だって賃料が相場の半分近くって普通、何かあるって気づくでしょう?」そう言われ、返す言葉がありませんでした。

それにしても、気絶する寸前に見たあの女の顔……。どのような死に方をすれば、あんな風になってしまうのでしょうか。室内での自殺や事故死とは思えません。恐らく事故物件となったのは、あの女の死が直接の原因ではなく、その後に別の自殺者か変死者が出たからではないか、と考えています。ちなみに母が言っていた川西さんの奥さんというのは、私の実家がある地元で代々、イタコの拝み屋さんをやっている方です。

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