第1回 事故物件と実家からの電話 -前編-
体験者:湯原紗理奈さん 32歳
東京都文京区 会社事務職
3年前の秋、私が実際に体験したお話です。
その頃、住んでいたハイツの建て替えで立ち退きをせまられ、代わりとなる賃貸物件を探していました。学生時代から住み慣れた町でしたので、できれば同じ地域内で家賃も現状と同じかそれ以下の物件はないものかと仕事の休み毎に不動産屋を回ったのですが、なかなか条件に合うものがなくて困っていました。
そんなある日、私の事情を知る知人の1人から連絡があり、「融通の利くフリーの不動産屋さんを知っているから、良かったら紹介してあげる」と言われました。当時は諸処の事情で月々返済の借金を負っていたこともあり、本当に困っていましたので、この話にすぐ飛びつきました。そしてその週末、紹介してもらった不動産屋と早速会ったところ、まだ表に出ていない物件でひとつだけ条件に合うものがあるので、良かったらこれから内見しませんか、と誘われたのです。
そこは住んでいたコーポから歩いて30分くらいの地域で、通勤に使っている最寄り駅からは離れるものの、辛うじて土地勘の働く範囲内でした。肝腎の建物は大きな通りから奥へ入った住宅街にある、20世帯ほどが入居する小規模マンションで、エレベーターはひとつだけ。築30年以上の外観が古ぼけているのはともかく、玄関に入ると管理人は常駐しておらず、そのせいかフロアも少し埃っぽい感じで、日の当たりにくい立地であることもあいまって、陰気な雰囲気に満ちていたことを今も憶えています。その冴えない第一印象に(何だかなぁ~)と思いつつも、不動産屋のお兄さんの後をついて5階に上がり、「ここの部屋です」と指差されたのは、外廊下の一番奥にある角部屋でした。合鍵を使って室内へ入ると、饐えたような臭いが鼻に飛び込みました。一応クリーニングはされていましたが、気のせいか壁も天井も煤けて見えました。
「来月、市場へ出す予定の部屋なのですが、オーナーさんが少しでも早く店子を決めたいって言っているんです。もし気に入れば、すぐに話を通しますよ」、そう言われて、その場で少し考えました。近隣3軒の不動産屋を回り、さらにネットの物件検索で調べても家賃条件に合う部屋が見つからなかった。これを逃したら、もうチャンスはないかも……。そんな思いに急かされて即決しました。
それから1週間後に審査を通ったとの連絡があり、賃貸契約が成立。さらに翌週の土曜日に引っ越しました。いざ住んでみると、南西側の角部屋という位置も幸いし、懸念していた日当たりもさほど問題ないことが分かりました。たしかに午前中は手前の大きなマンションの影になって暗いのですが、お昼を過ぎた辺りからベランダ側に十分な日差しが入るのです。またリビングキッチンと寝室の他に、予備室的なスペースがあることも魅力でした。実は私、物を捨てられないタチなのです。前に住んでいたコーポでは長年買い溜めた服や靴が洋服ダンスに入りきらず、仕方なくベッドの横に重ねておいたのですが、引っ越し後はこの予備室をウォーキングクロゼットとして使うことで、残らず収納することができました。(ちょっと陰気くさいと思っていたけれど、住めば都じゃん!)広い間取りに引っ越せたことでようやく女らしく綺麗に生活できるようになり、内心ちょっと浮き立っていました。ベッド周りがすっきりしたおかげで好みのインテリアで統一することもできるようになったし、広めのリビングに当時購入したばかりのアンティークテーブルを置いて、大好きなお花を飾れるようにもなりました。勤め先でも「何だか急に明るくなったね。彼氏でもできた?」などと茶化されたほどです。しかし、そんな上機嫌が続いたのはほんの数週間足らずでした。