第2回 赤い百合の花 -前編-
体験者:柴崎初美さん 40歳
千葉県流山市 パート勤務
「JAF呼んじゃう?」
「いや、それはちょっと、さすがに大げさだろ。恥ずかしいよ」
「でも、私も分からないし、どうしようもないじゃん」
そう言いながら携帯電話を取り出したのですが、アンテナは1本も立っていませんでした。
「わ、ウソッ、圏外!」
「え、マジ?さっき、町中を通ったばかりじゃん」
「山に囲まれているから電波が遮断されているのかも。この道、さっきから全然、車の行き来がないし、どうする?歩いてさっきの温泉街に戻ってみる?」
そんな埒の明かないやり取りを続けながら2人で呆然としていると、今度は夫が窓外を指差しました。
「あ、人がいるじゃん」
私もつられて外を見ると、いつの間にか赤い花畑の真ん中に農作業の服を着た人影があり、こちらをぼんやり眺めていたのです。一見、お年寄りの男性のようで、そのうちに手招きするような仕草まで始めました。
「俺達を呼んでる?あそこの家で電話借りるか?」
「JAF?」
「まあ、最悪そうなるけど、もしかしてあのジイチャン、車に詳しい人かもしれないぜ。とにかく行ってみよう」
あまりにお気楽な夫の言葉に呆れながら、取りあえず車の外へ出ました。舗装されてない急な坂道を恐る恐る降りてしばらく歩くと、花畑の人影の顔がはっきり見えるようになりました。麦わら帽子を被った70代くらいの背の高い老人で、満面に笑みを浮かべ、向こうから声を掛けてきたのです。
「あんたら、何か困っているのかい?」
「どうして分かったんですか?」夫が驚いた顔をすると、老人がまた笑いました。
「だってあの道の先は行き止まりだし、こんな場所に用のある奴なんかいねえもの。道に迷ったんだろ?」
老人の鋭い指摘に、夫と私は頭を掻きながら事情を説明しました。すると向こうはウンウンと頷き、ついてこいという仕草をして歩き出したのです。
「俺も車はよう分からんから、電話を貸してやるよ」
背中を向けたままそう言われ、私たちは顔を見合わせながら、一面赤い花に埋まった細い道を歩き始めました。間近に見ると、それは鮮やかな朱色の百合でした。花色がとても派手だったので自生種には見えません。
「お花、綺麗ですね。わざわざ植えてらっしゃるんですか」私が後ろからそう声を掛けると、老人は一瞬振り返り、頭を横に振りました。
「いんや、勝手に生えてくるんだよ。俺が畑をやらなくなっちまったもんで、どんどん増えてくわ」
「そうなんですか……」